意外な開催理由
- 2021年06月09日
日中にやるべき仕事を早々に片付け、午後4時の「党首討論」を見ました。
2年ぶりの党首討論は、たった45分間という何とも中途半端な時間設定でしたので、果たして、どこまで問題の深掘りが出来るのか少々不安の中、立憲民主党の枝野代表の質問から始まりました。
この時期ですから、当然国民の関心はコロナ対策と東京五輪です。
しかし、コロナ対策についての答弁はかみ合わず、五輪の開催については、前回行われた1964年(昭和39年)の思い出を7分近く懐かしみながら語りました。
当時、私も小学校4年生で、母親に連れら函館市役所前で聖火リレーに手を振りましたし、オリンピックをカラーで観戦しようと、両親が奮発してカラーテレビを購入、家にはご近所も集まって賑やかな時間を過ごしました。
当然、大松監督が率いる女子バレーボール「東洋の魔女」の回転レシーブには興奮した記憶もあります。
菅氏は、東京五輪開催の意義を聞かれ「素晴らしい大会で、今の子どもや若者に勇気と希望を与えたい。」、「世界の人達に東日本大震災からの復興も見てもらいたい。」と話しました。
ということは、菅氏が東京五輪開催のこだわる最大の理由は、自分が味わった興奮を今の子どもや若い人達に味わってもらいたいということなのでしょう。
しかし、先の東京五輪が開催された1964年当時には考えもつかないほど世界はグローバル化し、SNSでリアルタイムに、そして好きなスポーツやエンタメを選択して視聴出来るようになりましたし、それ以外にも興味をひくものは巷に溢れていますので、菅氏が期待している様に若者達が五輪にのめり込み、その瞬間を長い間記憶に留めてくれるかどうかは疑問です。
また、東日本大震災の被災地は未だに地震と津波、フクシマ原発事故の傷跡が生々しく残り、復興にはほど遠い状況となっていますが、開催地の東京は被害を受けておらず、世界の人々がその東京を見ても復興を知ることにはなりません。
さらに、当時は、高度経済成長時でしたが、今はリーマンショック以来の不況下にあり、若者は第2の就職氷河期に入っていますし、何よりコロナ禍で全く先の見えない経済状況に陥っています。
菅氏は、「夢をもう一度」と思っているのかも知れませんが、それは適わぬ夢どころか、愚かな夢のお陰で国民は悪夢を見ることになります。
幾度となく苦い経験をしても、それを学習することができない日本は、後戻りの出来ない硬直したままの国ということなのでしょうか。