3・11とガレキ処理
- 2012年03月11日
今日を特別な日として歴史上に刻むだけではなく、「3・11」を毎年振り返る一つのメモリアムとして、「東北大震災の日」にすべきと思います。
昨年のこの日、統一自治体選挙の前哨戦として、市内の挨拶廻りを行っていた午後2時46分、ちょうど、ある院外薬局で地震に遭遇しました。
非常に長く感じられたあの地震が、津波と共に甚大な被害を及ぼすなど、その時は想像だにできませんでした。
その後の私の動きは、昨年の3月13日からのブログに掲載しておりますが、1年が過ぎ、今現地での一番大きな問題は「ガレキ」の処理という報道が大きく流れています。
「絆」という言葉が私たちの心に深く刻み込まれ、被災された方々のためにはできる限りの協力を惜しまない、という共通の思いが醸成されたことは、改めて素晴らしいことだと思いますが、そのことをもって全ての問題を押し込めてしまうような風潮に為りつつあることに違和感を憶えます。
ここで、昨年、7月21日のブログに記した私の考えを再掲させていただきます。
『~災害廃棄物の処理~
岩手県、宮城県では大震災の復旧が始まり、まずは瓦礫の処理を進めています。
岩手・宮城・福島三県の災害廃棄物はおよそ2,490万tと言われ、処理には3年以上かかると想定されており、国は、各都道府県に災害廃棄物を受け入れてくれる自治体及び民間の処分場の調査を依頼し、県外の協力を模索しています。
しかし、廃棄物の受入は、国や被災県からの協力要請依頼に対し、単に行政だけで決定するものではないと思います。
廃棄物処理は自治体固有の業務であるだけではなく、新しい清掃工場や最終処分場の設置は、どこの自治体も住民理解を得るのに多くのエネルギーを費やさなければならない案件であることから、これらの施設を使用することで清掃工場の耐用年数や最終処分場の計画処分量への影響は大きな問題となってきます。受入によって計画より早く、新しい施設を建設しなければならなくなることにも繋がりかねないからません。
それだけではなく、仮に搬入された災害廃棄物が放射能に汚染されている場合のことも考慮しなければなりません。
国は1kgあたり8,000ベクレル以下の廃棄物は焼却及び埋め立て処分をしても構わないとしながらも、跡地は住宅地にしないという指針を出しました。
放射能で汚染された廃棄物を焼却すると、排ガスは濃縮されると言います。一方、ガス集塵機で回収することが可能とも言われますが、集塵機の点検・修理には人間の手が必要となります。
また、土中に埋め立て処理をしても雨が浸みこみ、放射能を含んだ汚水の処理が問題となります。言わんや住宅地にできないのは、その後もその土地が、放射能の影響を受け続けることを意味しています。
この度の道議会で、災害廃棄物の受入にに対する住民理解、放射能に汚染された廃棄物の処理について知事に問いましたが、「本道の環境への影響についても十分留意することや、的確な情報を収集し、関係する市町村や企業の方々などに適切に提供して参る。」との答弁だけで、住民への説明や理解については、微塵も考えていないようです。
私も、復旧・復興のために協力を惜しむつもりはありません。
しかし、放射能で汚染されていない廃棄物か、一つ一つの瓦礫ごとに検査することは物理的に無理であることから、不安は取り除くことができません。
放射能の拡散は絶対に避けるべきと考えます。』
今は、国の基準も厳しくなりましたが、改めて「低線量被曝」の問題も明らかになりました。
一方、放射能の除染はほとんど進んでおらず、高圧水をかけてもその汚染水は下に流れ、放射能を移動しているだけに他なりません。
この度の災害のガレキが、地震と津波だけのガレキであれば、全国どこでも、もっと早く受け入れたでしょう。
しかし、放射能汚染に対する住民の不安が、ガレキ処理への協力を踏みとどまらせているのです。
その不安を、「現地ではガレキが片付かず復興の足かせになっている。協力して受け入れようではないか。被災地のことを思っているならば、口先だけではなく行動で示すべきで、受け入れに消極的なのは自分の事しか考えない人たちだ」という空気が国内を包み始めました。
チェルノブイリを見ても、被災地のガレキは「封じ込め」が基本です。
汚染されていない国土に汚染を拡散することは極力避けるべきと改めて思い、札幌市上田市長の判断は、熟慮を重ねた難しい判断だったと評価します。